安定を捨てて得られるもの【30代夫婦が無職になるまで】

イブラハム

それにしてもまた海外に出るって、夫婦で再就職もできたのによく決意できたね。

ひとみ

色々な葛藤があったよ〜。決意するまでに夫婦で一年ほど話し合いを重ねたよ。

旅に出る決意をするまでに、互いに様々な気持ちの変化がありました

なぜそこまで旅にこだわるのか。
きっと、仕事を辞めて旅に出たい!好きなことで生きていきたい!と思いながら、日々を過ごしている人もいるかと思います。

そこから一歩踏み出したらどのような思いが巡るのか、決意をするまでの気持ちの変化をまとめていきたいと思います。同じような心境の方への少しの参考となれば嬉しいです。

こんな人におすすめ!
  • 仕事を辞めて好きなことに取り掛かりたいけど勇気が出ない、不安がある
  • 夫婦で無職になることなんて考えられない
  • 好きなことで生きることを選ぶとどのような道が拓けるのか知りたい

安定を手にした現状

ここに至るまでの、数年のふたりを辿ってみます。

夫 31歳

大阪で貿易会社に勤め、東京に派遣、大手取引先を担当。
海外が好きということや、仕事で英語を使う機会が多いため、5年勤務した会社を退職し、フィリピンへ語学留学に行くことを決意。その後、さらなる進歩を求め他の国で留学を考えていたが、フィリピンで妻と出逢い結婚。
再度貿易会社に勤務、1年半ほどで退職。

妻 30歳

急性期病院に看護師として5年勤務、その後4ヶ月で世界一周する。
一旦帰国し、派遣でお金を貯め、同年フィリピンへ語学留学にいく。
その後は、中央アジア・中東・コーカサス地方を回る予定をしていたが、予定を変更、夫と帰国し結婚。
公務員として急性期病院に勤務、1年半ほどで退職。

お互いフィリピン留学から帰国後、再就職をしました。結婚し、家族になり、その地で家族を増やして、”安定した”生活を送るために再就職をする会社を選びました

この現状を捨てようとしているわたしたちは、紛れもなく、今の生活を ”安定” と捉えています

30歳で夫婦無職になるという現状

夫は一度語学留学のために退職しています。今回、二度目の退職ということになります。履歴書には、『1年わずかで退職した』という事実だけが残ります

おそらく経歴としても、30歳という年齢としても、会社への再就職というのは、これまで以上に難しくなると思います。職を選ばなければ難しくはないのかもしれませんが…。

夫が今回退職をするということは、夫のみでなく、夫婦にとってとても大きな決断となります。まして、お互い一度海外に出てから結婚をし、一緒に住み始め、貯金はゼロからのスタートです。今回旅に出て、帰ってきてきてからの貯金はないに等しいです。

夫婦ふたりだけの人生ならどうにでもなるか、という思いですが、今後子供を作りたいということを考えると、やはり悩むとことが多くあります。

子供を産むという夫婦の大きなイベント

旅にまたでたい!と考え出したときに、一番最初にわたしの中で問題として浮かんだのが、子供をいつ作るか、ということです。

再度旅に出たいと考え出したのが29歳の頃。再就職をしてまだ数ヶ月ほどしか経っていませんでした。

今就いている仕事をスタッフに迷惑をかけてまで辞めることはできなかったし、自分の決めた再就職の道を簡単に放り出すこともできませんでした。一年八ヶ月ほどしか勤務しなかったので、中途半端に放り出しているじゃないかと言われても仕方がないかもしれません。それでも、自分の満足のいくところで区切りをつけ、その中で得られたことも数多くありました。

その頃の
ひとみ

あと一年ほどこの場所で働いたとして、31歳までに旅に出て、一年ほど旅に出るのかな…。帰ってきて看護師として職探しをして、一年くらい働いたら育休も取りやすくなるかな…。

その頃の
ひとみ

いやいや子供産むの何年後!!!!!


想像しただけで気持ちがかなり重くなりました。

今や女性が働く時代となって晩婚化、高齢出産もよく耳にします。女性の初産の平均年齢は30歳ほどとなっています。まだまだイケる!日本人は年齢を気にしすぎ!とかわたしも前までは思っていました。

しかし、それと同時に、流産や不妊の話題もよく聞くようになりました。人ごととは到底思えないですよね。早く産めるのであれば、産むに越したことはないんです。

こんな不安があったのも、今後も看護師として仕事を続けようという考えがあったからかもしれません。むしろ、その進路以外想像もしていませんでした

看護師として会社に勤務することにより、子供が産まれたら育休や産休をとって、その間も給料が定期的に入ることの”安定”を捨てることはあり得ないことだと思っていました

家族への思い、家族からの思い

両親に高い学費を払ってここまで育ててもらったという経緯があります。

看護師になることを応援してくれた家族がいます

その恩を忘れず、今後の進路について考えることが大切だと思いました。

また、お互いの家族への思いもあります。それと同じように、家族がわたし達に寄せる思いもあります。

海外に出るということの安全面での心配もあるとは思いますが、わたし達ふたりの未来や、旅をするということへの疑問など、家族それぞれ感じていることは良いことだけではないと思います。

生き方は自由だと思いますが、家族に対しこれまでの恩を欺くような、裏切るような、信頼を損なうようなことはしたくありません。
わたし達はまだ、互いに新しい家族を持ったばかりなのです

そのことを考えると、楽しいことだけを追求するような旅にはできません

安定を捨てて得られたもの

子供を産むことに対しての不安は、今思えばそんな不安もあったなぁ、と数ヶ月前の気持ちを振り返れるようになりました。いつしかその不安は少しずつ減ってきているみたいです。

その時と、今で違うのは、未来の選択肢が看護師以外にもあることかもしれません。

と言っても、何があるわけでもないです。むしろ何もないです。

ないからこそ選択肢は無限にあるのだと感じています

旅に出ると決めてから、”今後の人生に繋がっていくような何か” を得られる旅にしたいと思考を巡らせました。

選択肢は全て自分たちの手の中にあったのです。誰にも握られていない、自由に無限に選ぶことができる。

可能性を拾い集め選別していきました。

そうしていくうちに、看護師以外にも様々な選択肢が見え始めたのです。

この考えに至るにあたって、少なからず看護師としての経験値や、資格を持っていることの強みが背中を押してくれたのだと感じます。


安定した生活を送るための選択肢” ではなく、”幸せに暮らすための選択肢” はどこにあるのか


安定を捨てて見えたものは、”可能性”なのかもしれません。

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まとめ

わたしがこれまで持っていた物事の判断基準の基礎として、身の回りにある環境や今の自分のスキル、これまでの経験値や一般常識などが主として挙げられます。

言ってしまえば、それらがわたしの未来や可能性を自分自身で封じていたようにも思います。

そういった固定概念を一旦捨て、冷静に客観視することで、本心と向き合うことができるのかもしれません。


つたない文章を最後まで読んで頂きありがとうございました(*´-`)

 

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